復刻特典「メイデーア転生物語」ショートストーリー
マキア、鏡の向こうの小さな魔女。
私の名前はマキア・オディリール。十二歳。
メイデーアの歴史に名を残す、極悪な〈紅の魔女〉の末裔であり、将来を期待されている魔術師見習い。ついでに男爵家の令嬢でもある。
「お嬢、鏡の前で自分の姿を見つめて何してるんです? 占いですか? この世で一番美しいのはだあれ遊びですか?」
使用人のトールが、鏡ごしに私に尋ねる。
トールは一歳年上の男の子。黒髪と菫色の瞳がこの国ではとても珍しくて、大きな魔力を持っていたから、私が彼をオディリール家の門下生兼使用人として迎え入れた。
一歳年上とはいえ、もうすっかり背も高く、大人びた美少年だ。
「ねえトール。私ってそんなに意地悪そうな顔をしているのかしら」
眉間にしわを寄せた顔を鏡で見つめながら、腕を組んで「うーん」と唸って、トールに素朴な疑問を投げかける。
「今更ですね。なぜです?」
「この前ね、お呼ばれした伯爵家のお茶会に行ったじゃない。あの家の子が転んで泣き出したの。私、魔法で怪我を治してあげただけなのに、私が魔法を使って泣かせたって、周りの大人に勘違いされたのよ」
ムーっと膨れっ面になる私。その顔すら、なんかちょっとふてぶてしい。
「うーん、そうですねえ。お嬢はべっぴんですが目尻が釣っていて猫のようですし、血の気のない色白で、小さな唇がリンゴのように赤いですからねえ。魔女らしいといえば魔女らしいですよ」
トールは後ろから、私のふくれっ面を手で潰して遊ぶ。
ぶーっと空気が抜け、変な顔になった私を鏡ごしに笑ってやがる。
私は一応、こいつのご主人様のはずだけど……?
「いいじゃないですか。恐れられることは魔術師の誉ですよ。あなたはこのメイデーアで、最も恐れられた魔女の末裔なのですから。もっと自信を持ってくださいよ」
「わかっているわよトール。ただ毎度悪者扱いだから、嫌気がさしただけ」
「うーん。だったら俺が、鏡の精の代わりに、あなたを褒めてあげます」
「はん。無理して褒められても、嬉しかないわよ」
腕を組み、むすっとしたまま真上に顔をあげると、トールの顔が私を見下ろしていた。
私の海色の瞳と、トールの菫色の瞳が見つめ合い、一瞬、純粋な魔法の鱗片を見る。
「知ってます、お嬢」
「……なによ、トール」
「俺はお嬢の顔、嫌いじゃないですよ」
目を細め、十三歳らしからぬ魔性の笑みを浮かべるトール。
こういう所なのよねえ……。
こういう所が、女児から老女まで虜にしてしまう。そういう魔法を意図せず帯びている。
この前も公爵令嬢のスミルダちゃんに金と権力でトールを奪われかけたけど、私が悪夢をみる呪いをかけて諦めさせたところだ。
生意気でムカつくこともあるが、この先もずっと、私がトールを手放すことなどないだろう。何があろうとも、誰であろうとも、奪われたら奪い返すのみ。
「まあいいわ。トール、ミルクコーヒーをいれてちょうだい。蜂蜜はたっぷりね」
「かしこまりました、お嬢。そうだ。厨房に、奥様お手製のアップルケーキがありましたが。召し上がりますか?」
「食べる食べる! あー、悩んだらお腹すいちゃった。魔術師は糖分を切らすと変なこと考えちゃうから」
「暴れ出す前にチョコレートを一粒食べましょうって、あれほど言ってたのに」
「何その呆れ顔。ていうか暴れてないでしょう! ほら、さっさとミルクコーヒーとアップルケーキを持ってらっしゃい。減給するわよ!」
「酷いご主人様だなあ。ま、鎖に繋がれているよか、ナンボかマシですけど」
やれやれと、困った笑みを浮かべつつ首を振るトール。
かつて、トールは奴隷として売り買いをされ、酷い仕打ちを受けていた。たまたま私が見つけて、彼を買い取ったのだ。まだ、ほんの一年前のこと。
トールが部屋を出て行き、私はもう一度、鏡を見た。
そこには赤いドレスを着た小さな魔女が映っている。
普通にしているだけなのに、ちょっと冷たさのある顔立ち。
笑顔を作ってみても、何かを企んでそうな悪い魔女の微笑みになっちゃう。
悪名高いご先祖様も、似たようなことで悩んだりしたのかしら。
だけどまあ……私の本当のことは、トールが知っていてくれれば、それでいいか。
text by 友麻碧
※このショートストーリーは、2019年8月~10月に実施された『友麻碧作品3ヶ月連続刊行キャンペーン・9月刊特典「メイデーア転生物語」ショートストーリー』を再公開したものです。