復刻特典「浅草鬼嫁日記」コラボストーリー

天酒馨、天神屋の大旦那の健闘を祈る。

 
 俺の名前は天酒馨。
 浅草に住むしがない男子高校生だが、鬼・酒呑童子の前世の記憶を持っている上、前世の妻に振り回されて、あやかし事件に巻き込まれる日々。
 しかもそれを、千年来の友人、天神屋の大旦那に笑われているところで……
「アッハッハ。なんだそれ。前世の妻と今更交際を始めたとは。ひーっ、面白い」
「う、うるさい大旦那! お前なんて最近やっと結婚したくせに!」
 この男は隠世にある大きな宿の主人だが、最近人間の娘と正式に結婚したそうで、その報告をしに俺のところへ顔を出したようだった。
「でー、隠世も色々大変だったと聞いたが、浅草に来た本当の目的はなんだ。俺に顔を見せにきただけじゃないだろう?」
 俺は浅草寺の出店でたこ焼きを手際よく焼きながら、尋ねた。
 大旦那は店の前で、出来たてのたこ焼きをもさもさ食いながら、
「水蛇の水連に、天神屋で作っている薬の素材を一つ頼んでいてな。それを受け取りに着たのだ。あと、今度天神屋の社員旅行を計画していて、浅草にも訪れようと思っている。その下調べという感じだ」
「げ。隠世のあやかしどもがうじゃうじゃやってくるってか!?」
 それはなかなか、とんでもない。事件の予感。
 隣でたこ焼きをパックに詰めている浅草地下街あやかし労働組合長の大和さんも、「あ、やべえ」みたいな顔して青ざめている。
 しかし大旦那は相変わらずあっけらかんとしており、もう一つたこ焼きを口に放り込んで、
「なあに、心配せずとも、現世の人間たちに迷惑はかけないよ。観光スポットと美味しい浅草グルメを堪能したいだけだ。僕の新妻も浅草には行ったことがないと言うのでな。というわけで地元民のオススメをまとめておいてくれ。頼れるのはお前しかいないんだよ酒呑童子」
「そりゃあまあ……古い付き合いだしそのくらいしてやる。できればイベントを避け平日に来た方がいいぞ」
「わかっている。そのつもりだ。前のゴールデンウィークにちょっと来てみたら、人が鮨詰め状態で、危うく化けの皮が剥がれかけたからな……」
「お前みたいなのの化けの皮が剥がれたら、怖い退魔師のお兄さんたちが緊急出動する羽目になり、囲まれて問答無用で調伏されるぞ」
「あっはっは。それは困る。葵と一緒に生きていくと決めたところなのに」
 大旦那はそう言って笑うが、俺は大丈夫かなあと心配に思ったり。
 とりあえず、隠世のあやかしたちがこっちに来る時は、俺も真紀も浅草で待機し、見守るしかねえな。
「じゃあ、そろそろ行くよ酒呑童子。美味いたこ焼きをありがとう」
 そうして俺に背を向け、立ち去ろうとした大旦那。
「大旦那」
 俺はそんな大旦那に、声をかけた。
「良かったな。お前が愛することのできる人に出会えて」
「……酒呑童子」
「幸せにな」
 そして、長い長い結婚生活のはじまりの、健闘を祈る。
 大変なのは、これからなんだぞ、ってな。
「ありがとう酒呑童子。お前があれほど茨姫を愛し、彼女の元へと帰った理由が、今になってよくわかったよ。……僕が目標としている夫像は、お前なのだから」
 大旦那は意味深な笑みを浮かべつつ、俺の元を、浅草を去った。隠世にある天神屋という我が家へと、愛する妻の元へと帰って行ったのだ。

 千年前。それはまだ大旦那が、鬼神としか呼ばれていなかった頃のお話。
 俺、酒呑童子はこの男と共に隠世を旅したことがある。
 旅の終わりに、俺は愛する茨姫のいる現世に帰ることを選択し、あの鬼は隠世に留まる選択をした。
 居場所を求めていたあいつにも、やっと帰るべき場所ができた。
 あの男が心から愛し、またあの男の全てを受け入れ愛情を注いでくれる人が現れたというのなら、俺も安心だ。
 どうか、幸せに。奥さんを大事にな。



 text by 友麻碧



※このショートストーリーは、2019年8月~10月に実施された『友麻碧作品3ヶ月連続刊行キャンペーン・8月刊特典「浅草鬼嫁日記」コラボストーリー』を再公開したものです。


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